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【ティティさん】アレクサンダー・テクニークと身体作法のあいだ③

トレーニング生、ティティさんのブログからの転載です。

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我他彼此(ガタヒシ)日記
アレクサンダー・テクニークと身体作法のあいだ③

 友人のお寺で定期的に刊行している読み物に一文を寄せてみた。
『禅寺で学ぶ身体作法』のワークショップの参考に。
 
 

 修行道場で身体作法を教わるときは、有無を言わ
さず身体に押し付けられるというか、強制的に身体
で覚えさせられる。それはそれとして、頭ではなく身
体にコミットしている教育法、学習方法ではあると思
う。

 最近、日常の味わいにおいて(怠惰な生活習
慣?!に溺れている身として)、
「(修行を)やらされながらもやれる、やらされながら
もやらさしてもらっているという有難さがあったのだ
なあ」
 という実感がある(生来のМ気が開発されただけ
かも)。

 当時はそんなことは思わず、ただ「やらされてい
る」感が強かった。だから、頭で納得してから身体で
行為したいという思いが強く働いたのだと思う。今、
行じている「行為の意味」を求めていたともいえる。
「意味がなければ、動けない」「意味を感じながら動
きたい」とも思っていた。
修行道場を離れた後、心理学の勉強、特にカウン
セリングの実習において、再び身体性の重要さに気
づかされました。「体得」や「体現」というような身体
観、身体感覚を育てる教育観などに興味が湧くよう
になった。  

 「こころ」を学ぶということに対して、「こころ」だけ
に囚われてしまうことや、「こころ」の深みにはまりこ
んでしまいそうな恐怖感があったのです。さらに、そ
れは「からだ」にも負荷をかけ、「からだ」をも壊して
しまうんじゃないかと危惧しました。

 一方、「からだ」をお互いにほぐしてからカウンセリ
ングを始めると、「聞きやすく」また「その場に居や
すい」というようなことがありました。「からだ」あって
こその「聞く」こと「行じる」ことだとも思いました。そ
して、もっと「からだ」のことについて学習しようと思
い「アレクサンダー・テクニーク(AT)」という門を叩
いたのです。

 アレクサンダー・テクニーク(AT)がどのようなもの
であるかの説明はとても難しいのですが、端折って
いえば、

 「自分が何かをしようとした時にしている習慣的な
筋肉緊張を緩和するための身心学習術」というよう
な定義がいいのではないかと最近の自分は思って
います。

 具体例をいうと、
 子どもが騒いている。注意をしなければならない。

 怒りの気分そのままで言おうとした瞬間、口をとが
らせている自分自身に気づく。

 口をとがらせると後頭部が首を押し下げている。

 その状態に気づく。

「ああ、これが肩こりや頭痛の原因かも!?」。

 口をとがらせなくとも注意はできるのでは?!
 口をとがらせると怒りの口調になりやすのでは?!

 (そう0.5秒ぐらいで思ったとする。)

 口をとがらすのをやめてみる。

 すると静かで優しげな口調で注意できた。

 でもはっきりと子どもに届いているのは子ども全体
の様子が見えていることでわかる。

 怒りで一杯な状態では言葉をぶつけるように言っ
てしまったり、相手との距離感などがわからなくなる
ものだ。

 周りの目、早く注意をしなければならいないという
プレッシャーもある。

 緊張が高まっている状態だ。そんな状態に気づ
く。

 日本的に言うと、そこに「間」を置くことができると
いうことだと思う。(物事はそんなに上手くいくわけ
ないかな?(笑))。

 また、「間」には「間のび」、「間ジメ」、「間が悪
い」、「間男」(笑)などの用語があります。「間」という
時空間を洗練させるためにはコツや技術が必要で
す。
 
 ただし、上手くいくか上手くいかないかが重要では
なく、その時、いつもと違った反応や態度で居れた
ら、物事はどうなっていくのか、どう変化するのだろ
うか、やってみましょうよ!という姿勢が重要です。

 これは、AT教師が学習しているとてもユニークな
教育観でもあると思います。

 「からだ」と「こころ」は切り離せない。しかしなが
ら、心理学でいうところの「心身」に対し、仏教では
「身心」と表示され、「身」が「心」より前にある。これ
はとても大事なことだとATを始めて改めて思ったの
です。

 自分自身の「からだ」の声を聴くということ。そこに
「こころ」が伴い「からだ」を通じて響き合う。昔から
「仏法は身をかけて聞け」、「耳で聞くじゃない。全身
が聴く」とか、「身が悟る」とも言われている。

 翻って、修行道場の身体教育に不満を言うのな
ら、強制的な指導や暴力的な言いまわしは必要な
いのじゃないかと思う。かえって身心に緊張を起こさ
せてしまう。
 アレクサンダー・テクニークの教師のように

 「ちょっと丁寧に、今動かしている身体作法に注意
(*)を払ってみましょうよ!私の手がちょこっとだけ
サポートしますから!」

 と一緒に実験していけるならば、その作法や形に
込められた意味や精神が自ずから現れるのではな
いか。

 身体作法をそうさせているもの、身体作法がそう
ならざるおえないことが明らかになるんじゃないかと
思っています。

「一緒にやってみませんか!」

「あなたはどんなふうに坐っていますか?」

「あなたの鼻の穴はどこにありますか?」

(*)〈意識する〉という言葉はアレクサンダー的に
はあまり使わない。なぜなら、〈意識する〉、〈集中す
る〉という言葉は一方向的で内向的なイメージに
なってしまうから。つまり、〈注意を払う〉とは空間全
体に注意を向けること。全方向で双方向、相互的な
もの。沢庵禅師の『不動智神妙録』(ふどうちしん
みょうろく)を参究されたし。注意を払うときの用心
が記されています。「日々是用心、日々是工夫」

「坐禅させるものがあるんですよ」
(原田雪渓老師)


※2015年8月19日の記事です。


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