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【ティティさん】アレクサンダー・テクニークと身体作法のあいだ④

トレーニング生、ティティさんのブログからの転載です。

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我他彼此(ガタヒシ)日記
アレクサンダー・テクニークと身体作法のあいだ④

ワークショップ「『からだ』で学ぶ禅寺の身体作法」最終回の報告。

 この連続講座も第五回、とうとう最終回になってしまいました。この後
どうするか?については後に書くとして、まずは最終回のレポートを。



では、「お拝」から?!いや、ちょっと待てよ。(「またいつもの動き
?!」)
(「慣れた動作(お坊さんにとっては)」に戻すのは惜しい、お拝の動き
を(知っているので)先取りして動いてしまうんじゃないか)と思い変更。
(今ここの動きにフォーカスしたい)

そこで提案。

「まずは横になってみましょう」「そうして転がってみませんか?ぐるぐる
と(笑)」

二人して本堂内を転げる。この光景も面白い。しばらくゴロゴロ?!

「スムーズに転げるためには?!」

いったん休憩。横になっったまま天井を眺めた。

「なんだか、実家に帰ってきたみたいだ」「でも、なんだか、落ち着かな
い?!だって本堂だから?!(笑)」

「ヒンドゥー教徒が、転がって祈るという写真を観たことがあります」

「回るっていうのは、面白いし、プリミティブだ」そんな感想が出てくる。


◆文化人類学者 
岩田慶治先生の『スリランカでの見聞』(野村雅一『ボディランゲージを
読む―身ぶり空間の文化―』)にこんな報告があるのを思い出した。

「身体で祈るヒンドゥー教、心で祈る仏教」

 ヒンドゥー教の信徒は行為的に、身体を使って、出来る限り神々に接
近しようとするのに対して、仏教徒の方は仏、ないし仏像とのあいだに
常に一定の距離をたもっている…

 仏教徒のなかにも、もう少し積極的な姿勢、たとえば五体投地のよう
な姿勢をとるものもないわけではないが…。座って、合掌して、祈る。
そういう行為のなかに仏と共にする瞑想が含まれているようであった。

 仏教徒が心で祈るとすればヒンドゥー教徒は身体で祈る。その身体、
全身をあげて神々に迫っていくのである。そういう気迫が感じられた。


◆回っていると、たしかにトランスな感じになるような感覚はでてきそう
だ。
 ヒンドゥー教徒の「より神さまに近づきたい!」という欲求の強さはす
ごいな。「迫ってゆく!?」
 そう考えると、仏教の方の、一定の距離を保ちながらのお拝などは、
「こっち(自分)から近づかなくてもいいんじゃん」みたいな感覚もある。
「向こう(仏さん)のが早い?」

 そう、「共に瞑想する」ということもあると思う。それと、「投げ出す」と
いうことよりも、「いただく」ということに重きがある行為なんだとも思う。

「仏に、あるいは仏像に心身を接近させるといっても、仏は、あるいは
仏像は悟りに至る窓のような存在だったのである。樹下石上に座って、
遠くの山を見つめる。いや、その山の彼方の空を凝視する。目で見つ
めるのではなくて、瞑想のなかに虚空を現前させる。そういった態度を
読みとることができたのである」(岩田慶治)

さらに、報恩感謝の「お拝」、「坐禅」、「念仏」。その行為自身に完成さ
れた行為が備わっている。


◆さてさて、そろそろ「お拝」に移ろうかな?!転げた回った後の本堂
は、なんだか親密さを増したようで、空気感が柔らかい?!

「これから『お拝』?!となると、なんだか、水臭い関係なんじゃない
か?!」(笑)
「あっ?!ちょっと待てください。すぐに起きないで?!アレクサンダー
的に起きてみましょうか?」
そうして、エコ的?な、あまりエネルギーを消費しない起き上がり方の
レッスン。…

そうしてから、今日のテーマ「お拝」

「まずは、普通に?!いつも通りにやってみましょうか?」
(お拝をやってもらう)

「どんな感じですか?」・・・・・

「いつもより楽な感じですね」

「おお!?面白いですね。まだワークしてないのに(笑)!?」
(「ワーク前ワークに助けてもらう?!」っていうか「ワークって何
だ?!」)

◆さてさて、ではもう少し、アレクサンダー的なワークに付き合ってもら
いましょう!

「背中が広く、長くなっていくと思ってみましょう」

「そう!背中は広く長いのです」

「しゃがむ時、上半身を下に落とすというイメージより、前後に伸びてゆ
くというのはどうでしょう」

途中、「犬が伸びをするように?伸びをしてみましょうか?」

「掌を挙げる前に、掌にお釈迦様の御足が降りてくるイメージで」

「呼吸はどうですか?」

「ゆっくりと吐いてみましょう」

…ジーンと充たされてくる…

「急がなくても大丈夫です。ゆっくりと起き上ってみましょう」

「そうそう、両足を揃えて立とうとせずとも、少しズラしてみるのはどうで
すか?」

「おお、これなら楽に立ち上がれます」

「では、もう一度やってみましょうか?」

 そんなやりとりが続く・・・・・

◆「こんなに一回のお拝に時間をかけたのは初めてでは?」
 
 お茶を点てながら思う。
 
 火鉢を囲みお互いにシェアリングする・・・。

◆最終回、だんだんと見えてきたと思う。「形なきワークの形」

 このアレクサンダー・テクニークのワークショップ、友人が継続的に来
てくれそうなので、4月から、少し理論というか、もう少し「東洋思想(禅
とか仏教だけだと狭い気がする?!)」との関連なども含めて学びあえ
ればと思っています。

 先日、ブルース先生(大先生)と話をしていたら、ブルース先生にとっ
ては「老荘思想の影響がとても大きい」ということでした。この方向性を
僕も継承していきたいと思っている。

◆『アレクサンダー・テクニークと東洋思想』
 
 そして、僕だったら、禅や老荘、仏教ではなく?!
 まずは、オルダス・ハックスリーの『多次元に生きる』(片桐ユズル訳)
をテキストにしたい!(『両生類の教育』『知ることと、さとること』はとて
も素晴らしいテキストだ!)

 井筒俊彦先生は「東洋思想にイスラムもユダヤ教も取り込んじゃえ」
とか言っていました。故に、僕的には、アレクサンダー・テクニークも「東
洋思想」に取り込んじゃう?含んじゃう、インクルージョンな方向性
で!?

◆そうして…

「生きた弁証法が生起する。そしてその弁証法から何か新しい東洋哲
学の構想が出てくるのではないかと考えるわけなのです」(井筒俊彦)

「私はユダヤ教とイスラームという、今までの日本の東洋学にとっては
異質的であったものまでなんとか『東洋』のなかに取り込んで、そういう
広い基盤の上に新しい一つの東洋思想の立場をつくりたいと思ったの
です」(井筒俊彦対談集『叡智の台座』より)

どうぜん拝


※2016年1月28日の記事です。


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